関係性を大切にする持続可能な観光地域へのトランスフォーメーションを。日日耕日が目指す観光×DXのかたち

観光×DXをテーマに、「持続可能な観光地域の在り方を探究する」プロジェクト・日日耕日。なぜ観光にDXが必要なのか、そもそも観光におけるDXとはどのような取り組みなのか、そしてそれがなぜ持続可能な観光地域づくりにつながるのか……そんな日日耕日の背景を紐解くべく、今回はプロジェクトを立ち上げた一般社団法人長野ITコラボレーションプラットフォームの荒井雄彦と株式会社MIKKEの井上拓美の2人が対談。現在のさまざまな観光地域に存在する課題への意識や目指すあり方について語り合いました。

観光大県・長野のリアル

井上:

日日耕日は、名前からは一見想像しにくいですが、一応「観光×DX」をテーマにしたプロジェクトなんですよね。だから、あえてこのテーマに辿り着いたそもそもの背景からまず話をはじめましょうか。

荒井:

僕たちが活動を展開している長野県は、かつて工業立県を目指した歴史的経緯もあって製造業が大きな柱になっているよね。この分野は、多くの投資や支援がなされ、ものづくり産業の発展を目指す工業技術総合センターを軸にDXも推進されている。一方で、長野県は観光大県という側面もあって。実際に宿泊事業者の数は全国1位(※1)だから。でも、この分野における生産性や体験価値の向上を目指すDXという取り組みは、あまり推進されてこなかったように思うんだ。

※1 出典:厚労省「衛生行政報告例」

井上:

観光業も、地域の中で発達している産業なのに、どうして製造業のようにDXが進んでこなかったんですかね?

荒井:

これは仮説なんだけど、長野県は通年型のマウンテンリゾートや寺社仏閣等の観光資源が豊富で、常に観光客が訪れていることが大きいと思っていて。コロナ禍が過ぎた今はインバウンドも復活していて、また賑わいが生まれつつある。

(写真:Shutterstock)

井上:

観光客がちゃんと訪れていて、売上も上がっているから、それほど生産性や体験価値の向上に目を向ける必要がないと思っていたのかなぁ。

荒井:

ただ、水面下では課題も生まれているんだよね。そのひとつが、いわゆるオーバーツーリズムと呼ばれてるんだけど。実際に、僕自身、関西から移住して長野県民として暮らしている中で、そんなオーバーツーリーズムの影響を実感してきた。たとえば、善光寺門前にオフィスを構えていると、人気の飲食店は観光客で混雑しているし、価格も観光客に合わせて釣り上がっている。一過性の観光客を重視した結果、日常的に訪れうる顧客=住民の満足度が下がってしまっているんじゃないかなと感じたりもするんだよね。

サービスは、顧客と提供者との共同作業

井上:

同じ「顧客」という視点で考えれば、本来は観光客も、住民も関係ないですもんね。また、観光地域というだけで、何もしなくてもある程度顧客が来てくれる状況に慣れてしまうと、気候変動によって環境資源がなくなったり、コロナ禍のような有事が起きたりして、観光客がその地域を訪れる理由がなくなったときに、自分の店や施設から顧客がいなくなってしまいます。だからこそ、新しい顧客をつくるだけでなく、既存の顧客との関係性を重視する必要があるはず。そういう意味では、商圏の中で暮らしている分、観光客よりも自分の店や施設に足を運ぶ可能性が高い“住民”の方々とどのように関係性を構築していくか、といった視点も重要な気がします。

荒井:

そうだね。そもそも、観光事業者は、お客様のことを一過性の「ゲスト」として扱うのではなく、継続的に関係性をつくる「カスタマー」として捉える必要があると思っていて。僕はアカデミックな立場でサービスマーケティングに取り組んでいたこともあるんだけど、「サービス」って顧客側と提供者側の共同作業なんだよね。提供者が顧客に何かしらの体験を提供する、顧客が何かしらのフィードバックを返す、その結果をモニタリングして次なる体験へ昇華していく……そんな相互作用によって、価値は生まれていくんだ。

井上:

日本でも、Webサービスやアプリの多くは当たり前に顧客からのフィードバックを得る仕組みをつくって、サービスを改善していますもんね。

荒井:

それが、本来の「サービス」業のかたちだからね。ただ、日本では「サービス」というとまだ「無償で奉仕すること」のような認識があったり、気分や感覚を定量化することに抵抗感を持っていたりする気がしている。

井上:

たとえば、飲食店などで常連客が付いていたら、きっとそこには、その人たちを惹きつけている何かしらの価値が発生しているはずですよね。でも、それが何なのかは定量化しにくいし、むしろこれまでは「定量化しないからいい」という美徳もあったのではないかと思うんです。でも、サービスが顧客と提供者の共同作業なのだとすると、提供者側は顧客のことをもっと知ったり、理解しようと歩み寄る必要がある。そこに人を惹きつけている何らかの価値が発生しているのであれば、それを可視化したり、定量化することも重要なことのひとつになってきそうです。

荒井:

本来は価値を提供しているのであれば、無償にする必要もなくて。そういう意味でも、サービス業の価値が可視化・定量化されれば、ビジネスのあり方が変わると思う。実際、データでも日本の観光業って他の国内産業と比べて生産性が低いことが示されているんだよね。従業員の給料をなかなか上げられないというのも、価値を価格に転嫁できていないことが背景のひとつにあると思っている。

出典:観光庁 令和3年度「観光を取り巻く 現状及び課題等について」

派手な一過性のバズではなく、地味でも継続する関係性を

井上:

顧客との強固な関係性づくりという観点からすると、派手なコンテンツをつくって一時的に盛り上がるのも時には必要かもしれないけれど、それだけではなく、日々の地道な改善を続けて顧客との継続的な関係性をつくっていくのが、持続可能な観光地域づくりには大切なのかもしれませんね。

荒井:

そうだね。たとえば、長野には「善光寺商法」と揶揄される言葉があって。つまり、数百万人の観光客が訪れるご開帳の時期を狙って、たった約3ヶ月間の期間中に1年分の稼ぎを上げにいく商売のやり方のこと。でも、この7年に一度のご開帳頼みになるのは、あまり持続可能なやり方とは言えない気もしていて。

井上:

たしかに数年に一度のイベントや流行のコンテンツを利用したりしてバズったとしても、一時的に観光消費は高まるかもしれないけれど、そこだけに満足してはいけないかもしれませんね。いかにバズらせるかではなく、いかに一人ひとりの顧客の期待を少しでも超えられる体験を提供できるか、いかにもう一度来てもらえるような関係性になれるかを日々の中で考えていく必要がありそうです。

荒井:

もちろん日本が観光立国を目指す上で、起爆剤となるインバウンドを盛り上げたり、たくさんの人が集まるイベントを実施するのも必要なひとつの戦略。でも、同時に、いかに持続可能な観光地域をつくるかという戦略も立てて実行していかないといけない。前者は多くのプレイヤーが参戦しているけれど、後者はまだまだ手薄。だからこそ、日日耕日では持続可能な観光地域の在り方を探究していきたい。

井上:

そもそもインバウンドも、今後状況が変われば日本を選んでくれる人が少なくなってくる可能性もあるじゃないですか。だから、ただ「顧客の数を増やす」という方向性に振り切ると危ないかもしれないですよね。だからこそ、「一人ひとりの顧客の来訪頻度を増やす・顧客によっては単価を上げる」という方向性を考えていくのは間違っていないと思います。そのときに、実際に足を運んでくれている顧客がどんな人で、どんなことを考えていて、そして提供したものにどう感じたのかを捉え、理解し、それをまたサービスに活かしていく必要がありますよね。そこでデータが活躍する。

荒井:

そもそもDXには、2つの観点があって。ひとつが「効率化を進める」というもの。もうひとつが「付加価値を高める」というもの。どうしても、DXと聞くと前者だけをイメージしがちなんだけど、後者のように新たな付加価値の創出のためにデジタルを活用する方向性にも考えを向けてもいいと思っている。

荒井:

たとえば、それまで観光業というと対面でやり取りしてこそ成立すると思われていたかもしれない。でも、飲食店がいわゆる“中食”のようなプロダクトをつくって、実際に訪れてくれた顧客にECでも販売をしたら「あの旅で味わった、あの味を自宅でも食べられる」という新しい付加価値を生み出したことになるよね。宿泊に関しても、インターネットを活用すれば、一度泊まりに来た顧客と継続的につながり続けられる何らかの仕組みをつくれるはずで。

井上:

たしかに、滞在中にコミュニケーションを取って関係性が生まれたとしても、旅が終わってしまうとなかなか顧客との関係性を継続することが難しいケースも多そうですよね。できたとしてもSNSをフォローしてもらうか、メルマガを配信するか、といった程度。関係性を継続したり、より育んでいけるような何かしらのソリューションが求められている気がします。

荒井:

もちろん「効率化を進める」のも忘れてはいけない。人口減少社会の中で、これまで人で補っていた仕事が、今後補いきれなくなることは目に見えている。現時点でも観光事業者の方からは、「人手不足だ」という声をよく聞くしね。だから、コンピューターに置き換えられることは、置き換えていく必要も出てくると思う。「何を人の手に残して、何をコンピューターに代替させるか」。そんな視点を持ちながら、付加価値の創出を図るといいんじゃないかと思うんだ。

「データを取る」よりも優先すべきは「問いを立てる」こと

井上:

DXと聞くと、どうしてもデジタル技術という「手段」が先行するイメージがあると思うんですが、本来は「目的」となるトランスフォーメーションの意識が重要なんですよね。

荒井:

決して「データを取得できる仕組みをつくることだけがDX」ではないからね。自分なりの課題を見つけ、問いを立て、その仮説検証のために必然的にデータを取得する必要性があるだけ。「データを取得できる仕組み」は、あくまでインフラを整備したに過ぎない。

井上:

まずは自分なりの問いを立てることから始めることの重要性には共感します。むしろ、問いや仮説を立てる前からデータの必要性に気づくことは難しいし、ただデータを集めたとしても活かすことはできないというか。

荒井:

ひとつ海外の事例を紹介すると、スペインのバルセロナでは「スーパーブロック」という施策が展開されている。バルセロナは「市民中心の社会づくり」を目指している都市。その流れの中で、自動車によって占められていた空間を減らし、その代わりに市民の生活空間を広げていくプロジェクトが実行されているんだ。スーパーブロックの中では、小さな公園で子どもたちが遊んでいたり、路上に設置された卓球台で近隣のオフィスで働いている人たちが楽しんでいたり、近隣住民によって音楽やアートイベントなども開催されている。さまざまな活動が展開されていて。このスーパーブロックでは、センサーを設置したり、定期的なリサーチを実施したりしながら、科学的にもエリアマネージメントを行っているんだ。

実際に市内では、市民が自分たちが住む都市の価値に気づき、その価値を高めるためにお互いに知恵を活かし合うことができているという声が上がっているんだそう。

(写真:Shutterstock)

井上:

バルセロナの話で言うと、「市民中心の社会をつくる」という目的があり、「自動車が走る空間を減らし、あらゆる市民が関わることができるソーシャルスペースを広げたらどうか?」という問いがあって初めて「どんなデータを取得する必要があるのか?」の話が生まれてくる。このようなかたちが本来のDXなのではないかと思うんです。

日本では、とりあえずデータを取ればいい、評価を得られればいい、といったように、本来“手段”であるべきことが“目的”になっている事例が多い気がします。だから、ただ訪れる顧客が増えるようにと良い評価を集めることありきでアンケートや口コミの誘導がなされがちな気がするんですよね。本来アンケートや口コミって、「良い評価がもらえて嬉しい」と一喜一憂して終わるものではなくて、あくまで自分たちなりの問いを検証するためのもの。そのアンケートから何を学び、どうやって問いに照らし合わせながら活かしていくか……良い評価も、悪い評価も、どちらも自分たちが提供するサービスの改善につなげていくためのツールとして存在していると思うんです。

荒井:

僕自身も長野県で暮らしたり、デンマークやオランダなどの海外の観光地域を訪れたりする中で、「持続可能な観光地域づくり」というテーマを見つけて、観光消費を追うあり方から関係者を増やすあり方への転換を行うべきではないか、という日日耕日の根本的な考え方にもなっている問いを立てた。もっとこの問いを探究し続けて、仮説の精度を高めていけば、自ずと「どのようなデータを、どのように取得すればいいか」も見えてくるだろうと思う。

テーマを見つけ、問いを立てる力を養う。それを確かめる手段としてのデータ活用スキルを身につける。これら2つの軸で、観光地域で活躍する人たちを育成する人材育成プログラムを、日日耕日では設計していこうと考えているところだね。

業種も年代も越えて「たずねる・まなぶ・ひらく」

井上:

でも実際、観光地域で活動する人たちは、どうやったら自分の問いが見つかると思いますか?

荒井:

まずは地域との関わりをとにかく増やしていくことじゃないかな。たとえば、今まで深く話を聞くことがなかった近くに住む人たちに会って話を聞いたり、聞いたことを活かして新しいアクションを起こしたり。今、僕たちの情報収集ってインターネットがメインになっていて、自分に最適化された情報ばかり受け取るようになりつつあるよね。でもインターネットの情報の多くはどうしても表層的なものが多くなってしまう。そんなバイアスがかかった状態だけでは、リアルな課題や新たな可能性に気づきにくくなる。だからこそ、自分自身でバイアスを外しに行って、気づきを得ることが必要だと思っていて。

井上:

もっと地域の中でも業種も年代も越えて、コミュニケーションを取っていけるようになったらいいですよね。たとえば、若手人材の採用に困っている老舗旅館のスタッフが、若者が集まるゲストハウスや飲食店などの拠点に足を運んで定期的に話をしてみたり、もちろん逆に若者が老舗旅館に行ってもいい。そんな流れが起きたらおもしろいですよね。地域の中でそれぞれのプレイヤーが上手く関わり合いながら、強みも弱みもひらきあって、エリア全体の価値を紡いでいけたらいいなと思いました。

荒井:

そもそも観光って、点での体験ではなくて、面での体験なんだよね。つまり、「宿に泊まった体験」「飲食店でご飯を食べた体験」ではなく、何かを見たり、食べたり、誰かに会ったり、話したりしたプロセスを全て含んだ「長野に滞在した体験」が旅の記憶になる。そうすると「自分の店に来てほしい」とプレイヤー同士が競争するのではなく、一緒に「長野に滞在した体験」をつくっていく者同士、それぞれが役割分担をして協力しながら、地域全体の体験価値を高めていけたらいいなと思う。

井上:

たしかに、地域全体の体験価値を高めて「このまちにもう一度来たい!」と思ってもらうからこそ、継続的な関係づくりが可能になりますもんね。まさに日日耕日のコンセプトでもある「たずねる・まなぶ・ひらく」。このコンセプトを大切にしながら、日日耕日でも5年10年と丁寧に時間をかけながら、持続可能な観光地域のあり方を探究していきましょう!

Words / Edit / Photograph
Takumi Kobayashi
1990年長野県松本市生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、株式会社リクルートジョブズにてバックオフィス業務に従事。その後、クリエイティブ業界に転身し、広告制作会社やコピーライター事務所を経て2021年に独立。「きいて・整理して・言葉にする」スタンスで、経営・広報活動のお手伝いをします。長野県立松本深志高校卒業。