土地と人の文脈を“編む”。よりよい「まちづかい」をする人が集まる観光地域の日常を。

国宝・善光寺。歴史を感じさせる境内はもちろん、近年注目を集めているのが、空き家をリノベーションした門前の街並みです。ゲストハウスやカフェ、ワインバル、美容室など、リノベーションされた店舗の形態はさまざま。刻まれてきた歴史をリスペクトしつつ、“今”の感性も取り入れた独特の雰囲気に惹かれ、多くの人が足を運んでいます。この門前ならではの風景をつくる立役者のひとりが、空き家の仲介・リノベーションを専門とする株式会社MYROOM代表取締役の倉石智典さん。
ゲストとして街を訪れ、何かを受け取るだけでなく、自分から能動的に街を使い、遊んでいく「まちづかい」という考え方を大切にする倉石さんに、持続可能な観光地域づくりのエッセンスを聞きました。

リノベ店舗が立ち並ぶ門前の風景をつくった、空き家見学会とは

ーーまず、10年以上実施している空き家見学会のことから聞かせてもらってもいいですか?

倉石さん:

私が大家さんから鍵を預かっている善光寺周辺の空き家を、市内外の参加者と共に4,5軒見学していくツアーです。もともとそこはどんなエリアで、どのような人が、どのように使っていたか……そのような物件の物語はもちろん、リノベーションの事例や街の歴史などを紹介したり、空き家を使って事業をはじめたいという参加者の相談に乗ったりしながら街を歩いていきます。その後、「住みたい」「使いたい」という人が現れれば現れれば、仲介から施工までを担う、というのが一連の流れです。

ーー単に物件を紹介するだけでなく事業相談、街歩きなど、さまざまな役割も担っているんですね。ちなみに成約率はどのくらいなのでしょうか?

倉石さん:

おおよそ2割くらいですかね。

ーー10組参加すれば2組は成約につながる……なかなか高い成約率だと感じたのですが。

倉石さん:

もともと広告宣伝をしていないこともあって、ほとんどの参加者が口コミで来てくれています。だから、実際に成約する人の多くは参加する前から熱量が高い状態なのかもしれません。でも、だからといって、空き家を使うハードルは決して低くはないんですよ。

ーーと、いいますと?

倉石さん:

空き家見学会では、現況のまま物件の中に入ることもあります。たくさんのモノを片付けなければならない、電気も水道も使えない……そんなリアルな状態を確認してもらうんです。きれいな物件を借りるよりも、改修費用がかかるのは一目瞭然。「それでもやっぱり使いたい」という覚悟はもちろん、「大きな費用がかかっても事業を継続できる見込みが立つ」という事業計画も欠かせません。また、私自身、創業当初は空き家をリノベーションした場所を事業所として使っていた経験から「冬場は暖房が効かないから、毛布にくるまって仕事していた」など、あえて空き家の不便なところも伝えるようにしています。

ーーあえて面倒なことも伝えていく。

倉石さん:

それが空き家を使うということ。手間もお金もかかるからこそ、事業としても持続可能な状態をつくらないといけません。それに、住居や商店などどんな用途にせよ、一軒一軒の物件は、それぞれ街の中で何らかの役割を担い、地域の風景をつくってきた。街や周辺に暮らす人たちにとって、何らかの意味や記憶、文脈を有している存在でもあります。だから、大家さんや近所の方も、その物件のアイデンティティに理解とリスペクトを持ってくれる人に使ってもらいたいと思っていることも多いんです。

ーーその空き家が紡いできた文脈を理解するためにも、MYROOMの案内を聞くことができる空き家見学会は価値がありそうです。

街や物件の文脈を踏まえた、新たな使われ方を考える

倉石さん:

ひとつ、事例を紹介しますね。創業後、初めて携わった案件が、善光寺近くにあるゲストハウスでした。オーナーは、当時ゲストハウスを開業するために空き家を探していて、不動産屋にも相談をしていたようです。でも、なかなかいい物件が見つからず、私の空き家見学会に参加してくれました。私も創業当初で案件数も少なくて時間があったので、一緒に街歩きをしながら空き家を探し回ることに。そこで見つけたのが、一軒の空き家でした。その後わかったんですが、その物件は元旅行案内所で。その物件がある通りも、かつて観光バスのロータリーがあってスキー場に向かう観光客で賑わい、地元では有名な老舗旅館が建っていたそうなんです。

ーーかつての観光地の真ん中にゲストハウスをつくる。

倉石さん:

そういった過去の話は、大家さんや近所の方から聞いたもので。その人たちにとっても、旅行者が通りを歩いている風景が蘇ると「懐かしい」と感じてくれると思ったんです。

ーー街や物件の文脈と、新たな使われ方の相性を考えているんですね。

倉石さん:

今の仕事は、いわば“地域の大家”に近いと思っているんです。普通の大家は、「1棟のアパート」という単位で物件と借りたい人をつないでいますが、私は「ひとつの地域」という単位でそれを行っている。だから、「なんであんな人に使わせたんだ」と地域の人に言われないように、関係を取り持つ必要もあって。「何でもかんでも成約させたらいい」ではなく、その後の建物の使われ方、街との関わり方にも、ある程度責任を持たないといけないと考えています。

ーーたしかに門前のさまざまな空き家について把握しているMYROOMならではの仕事かもしれません。

倉石さん:

たとえば、アパートの大家さんだったら、「どこの部屋は、どこから来た人で、普段どういう仕事をしているのか」ということは大体把握してから部屋を貸しますよね。でも、入居した後の暮らしにまでは深入りしない。「誰が、どう入居して、どう使われていくか」までを設計して、つかず離れずの距離感でお世話役をしていく。そんな動きをエリア全体の空き家に対して行っているイメージです。

ーーちなみに、普通のアパートの大家さんだったら、できるだけ空き部屋をつくらないように入居者を増やそうとすると思うんです。“エリア全体の大家さん”として、MYROOMも、空き家を使う人を増やしたいと考えているのでしょうか?

倉石さん:

全く増やしたいとは思っていないですね。

ーーそうなんですね!

倉石さん:

逆に、増えすぎることへの恐れの方が強いです。空き家と人のマッチングが生まれて、リノベーションされて、街に馴染む拠点になる……そのプロセスには、とても時間がかかります。それらのステップをショートカットして無理して成約数だけ増やそうとすると、どこかで歪みが生じてしまう。それがとても嫌なんですよね。

ーーだから、空き家見学会でも、あえて空き家の面倒なことも伝えながら丁寧なプロセスを踏んでいくんですね。

倉石さん:

はい。だから、空き家見学会でも、全ての参加者をマッチングさせようなどとは考えていません。まずは、売り込むことなど考えずに、物件の歴史や特徴をフラットに紹介する。そこで、もし相性がよかった人がいれば、契約から工事までサポートしていく、という流れです。もちろん案内をする中で「空き家をたくさん見ることができて、おもしろかった」と思ってもらうだけでも不十分。そういう意味では、空き家を貸す人と空き家を借りる人のお互いを理解した上でいい出会いを考える“仲人”ともいえるかもしれませんね。

「建物」と「人」の文脈を“編む”存在として

ーーちなみに、どんなときに物件と人とのいい出会いが生まれるイメージが湧くのでしょうか?

倉石さん:

空き家そのものを見たときに「こういう風な使われ方がいいだろうな」というイメージが湧くこともあれば、空き家を使いたい人の想いを聞いて「こんな使われ方をしてもらったら、たしかにおもしろそうだ」というイメージが湧くこともあります。「鶏が先か、卵が先か」みたいな話ですね。

ただ、空き家見学会でガイドするときにも「この空き家の、ここがかっこいい。こういう使い方をしたらおもしろそう」という主観を交えながら案内することもあるんですけど、その使われ方にそこまで頓着はなくて。空き家を借りたい人の経歴やビジョンを聞いていくうちに、想像を超えた、おもしろい物件の使われ方の風景がイメージされることも少なくありません。

ーー建物の文脈と、使う人の文脈が上手く交わったら、たしかにおもしろい拠点になりそうです。

倉石さん:

建物と人の掛け合わせは本当におもしろいんですよ。昔、地元の大学生が空き家見学会に参加して、「シェアハウスをつくりたい」と言ってきたんです。たしかにおもしろいけれど、学生には修繕も運営も難しいと思って断ったんですが、何度も「やらせてくれ」とお願いしてきて。結局根負けして「もうやっちゃおう。僕が責任取るから、おもしろいことをどんどんやってほしい」と伝え、築100年以上の元金物屋の空き家を貸しました。そうすると、彼らは、その空き家を、金物屋の屋号を引き継いだまま呼び、本人たちの住居として使いつつ、不定期でマーケットイベントやライブを開催していったんです。その結果、地域に開かれた拠点として育っていきました。

ーー元金物屋だった空き家が新たな地域の拠点に。

倉石さん:

しばらくして、借主がシェアハウスメンバーから、長野市内の編集チームに引き継がれ、全国各地と長野県内のアイテムを扱うお土産屋となり、地域の若者たちが集まる拠点として、また建物に新たな文脈が生まれていきました。

ーーまさに建物の文脈に、使う人の文脈が上手く交わったことで街の風景が生まれた事例ですね。

倉石さん:

建物は、ずっとその場にあって、たくさんの人が関わりながら記憶が蓄積されていく。そうやって蓄積されてきたものの上に、使う人がどんな営みを積み重ねていくかによって、その建物の意味合いや街への影響も変わっていきます。どんな建物を、どんな人が、どんな使い方をするか……それって常に動的で、変化をコントロールできません。だからこそ、おもしろいんですよね。

ーーそれぞれの文脈を持った「建物」と「人」が出会って何かが生まれる状況を、倉石さんは一つのエリアでつくり続けている。それって、新しい物語を街に編み込んでいくという捉え方もできそうです。

倉石さん:

たしかにそうですね。空き家の記憶をそのまま“残す”とか“伝える”でもないし、土地や建物の文脈を無視して全くゼロから“創る”わけでもない。建物と人の文脈を“編む”という表現は、しっくりきます。

訪れる人も、暮らす人も、フラットに楽しめる「まちづかい」を

ーー日日耕日では、人と地域との関係性が強まるような観光のあり方を探求していきたいと考えています。これまで空き家を介して、人と地域とのつながりを紡ぎ続けてきた倉石さんがもし観光案内をするとしたら、どんなことをしたいですか?

倉石さん:

ゲストハウスやホテルなど頭の中にいくつかの施設を思い浮かべながら、「どんな滞在にしたいですか?どういう場所が好きですか?」と聞いて、最適な宿泊施設や滞在プランをコーディネートする、なんてことはやってみたいです。「大勢でわいわいしたいんだったら、そこのゲストハウスがいい」「2ヶ月滞在予定ならば、アクセスがよくて荷物が置けるホテルがいい」など。

ーー街を知っていて、使いたい人・使ってもらいたい人の関係を取り持つ、“地域の大家さん”ならではの観光案内ですね。

倉石さん:

集まった人同士で「何して過ごしたいの?」「じゃあ、あそこ行ってみない?」みたいな会話が案内所で生まれてもいい。むしろ、街を訪れる人だけでなく、街で事業を営む人もみんなで参加すればもっとおもしろいと思います。「あそこ使ったらおもしろいんじゃない?」「もし今は使えなくても、みんなで使えるように工夫して働きかけようよ」と、どんどん新しい動きが生まれていくと思いますから。一回限りのイベントではなく、プロジェクト化すれば、「もう一回泊まりに来よう」という誘因も生まれれますし、街の人々とのつながりもできると思います。

ーーもはや観光という枠を超えて、新しい滞在のかたちが生まれていく気がします。

倉石さん:

一過性のゲストとして楽しむ観光案内というよりは、一時的な市民として地域を遊んでいく滞在案内なのかもしれませんね。街で遊ぶのか、泊まるのか、暮らすのか、働くのか……その辺りの境界は曖昧でいいと思います。その人なりの街の楽しみ方があればいい。個人的には、街を愛する人が個人の視点で観光ツアーをつくれたら素敵だなと思うんですよね。誰かの目から見た街の楽しみ方をシェアしてもらうツアーがいくつもあって、その中から気になるものを選べたらおもしろい。

ーーたしかにおもしろそうです。

倉石さん:

僕はよく「まちづかい」という言葉を使っていて。ゲストとして街を訪れ、何かを受け取るだけでなく、自分から能動的に街を使い、遊んでいく。すると、もっと街に愛着が生まれるし、滞在している時間が楽しくなるはずです。それは、今の空き家相談会で行っている居住や創業だろうが、観光だろうが、変わらない視点だと思います。

Words
Takumi Kobayashi
1990年長野県松本市生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、株式会社リクルートジョブズにてバックオフィス業務に従事。その後、クリエイティブ業界に転身し、広告制作会社やコピーライター事務所を経て2021年に独立。「きいて・整理して・言葉にする」スタンスで、経営・広報活動のお手伝いをします。長野県立松本深志高校卒業。
Edit / Photograph
Takumi Inoue
飲食店やITスタートアップの立ち上げ/経営を経て、「株式会社MIKKE」を創業。クリエイター向けの無料のコワーキングスペース「ChatBase」、ウェブマガジン「KOMOREBI」、HOTDOGSHOP「SPELL’s」、全国の高校生300人を集めたオンラインプログラム「project:ZENKAI」など数多くの事業/プロジェクトをプロデュース。90年続く老舗銭湯「小杉湯」や廃ビルを再生した「元映画館」などのブランディング。長野県では、DX人材育成事業「シシコツコツ」の立ち上げ/運営、信州で起業をする人のためのポータルサイト『SHINKI』など。現在は長野県小諸市にて、『文化の台所』準備中。