LAMPにターゲットはいない。誰もが“いい人”でいられる、“なんかいい”空間のつくり方

目の前には北信五岳と野尻湖があり、自然豊かな風景が広がる長野県信濃町。ここに「予約が取れない」と言われるほど、連日日本各地から人が訪れている複合宿泊施設があります。その名も「LAMP野尻湖」。全国でも屈指の人気を誇るサウナや、湖畔のロケーションを活かしたSUPなどのアクティビティ、キノコ狩りなどの季節に応じた自然体験など、信濃町の楽しみ方を提案している、この施設。市街地から離れた地域ながら「LAMP野尻湖で働きたい」と移住してくるスタッフも多いのだとか。
今回は、株式会社LAMP代表取締役のマメ共平さんに、お客様も、働く人も、集まるLAMPの求心力の裏側について聞きました。

比較の世界から離れて、“なんかいい”空間をつくっていく

ーーLAMPがある信濃町は、長野県の北端の豪雪地帯で人口は8000人程度。コンパクトな山間地域でもあるにも関わらず、LAMPは「予約が取れない」と言われるほど、連日多くの人が訪れる複合宿泊施設となっていると思います。どうして、これほど人気を集める施設になったのでしょうか?

マメさん:

僕は、信濃町だったからこそ、今のLAMPが生まれたと思っています。

ーーと、いいますと.……?

マメさん:

ただでさえ店や施設が多い都市部だと、比較と競争の世界に入ってしまうと思っています。たとえば、LAMPではサウナが人気なんですけど、都市部はサウナがたくさんありすぎて、「あそこのサウナは、湿度がどうだ」とか「こっちのサウナは、水風呂の温度がどうだ」といったように比べられる対象になってしまう気がしていて。もちろんクオリティを担保するために、細かなディティールにはこだわるけれど、そこだけで勝負をするとキリがありません。そんな比較の世界から抜け出す上で、市街地から離れた信濃町は都合がいい。正直、何も考えずに、“なんかいい”と感じてもらえれば、それでいいんです。

ーー“なんかいい”をつくる。

マメさん:

たとえると「ハワイ」みたいなもので。誰が何と言おうとハワイって観光地域として最高の成功事例だと思うんです。でも「ハワイは、他の観光地域と比べてどこが・なんでいいのか」なんて、観光客は誰も分析したり、言語化したりしようとしていないじゃないですか。“なんかいい”雰囲気が、ただただそこに広がっていて、みんな楽しんでいる。それでいいんだろうなって思うんです。

ーーたしかに「言語化されない体験」の良さはあるかもしれませんね。

マメさん:

LAMPも、そんな場所になったらいい。もちろんサウナで整ってもらうために適切な温度を管理したり、気持ちよく休んでもらうためにマットレスにこだわったり、おいしいご飯を食べてもらうために飲食に力を入れたり……お客さんの目に見えないところで、そういったインフラにはこだわっています。普通よりも少し高いくらいの水準を保つことは、観光事業者として必要最低限のことですから。でも、LAMPの“なんかいい”をつくっているのは、それだけじゃないんです。

気持ちのいい挨拶ができる“いい人”を集める。それだけで特別な場所になる

ーー「インフラにこだわる」以外に「なんかいい」をつくっているものとはなんでしょう?

マメさん:

とてもシンプルなことなんですけど、とにかく気持ちのいい挨拶をすること。これは、僕がLAMPに参画した社員数名程度の時代に、みんなで議論して「徹底的にこだわろう」と決めたことなんです。だから、たとえお客さんが少なくても、気持ちのいい挨拶で、迎え・送り出す。それだけは毎日徹底するように社員に伝え続けています。社員も25人程度に増えましたが、僕から伝えるのはとにかく挨拶のことくらい。採用の際にも、そんな気持ちのいい挨拶ができそうな“いい人”を雇いたいと思っています。「地方で元気のいい若者が気持ちよく対応してくれる」というだけで、もう特別な空間になるんです。今では「気持ちのいい挨拶」はLAMPのアイデンティティとして定着して、社員同士も気持ちのいい挨拶ができているか、お互いをチェックし、指摘し合っています。

ーースタッフが気持ちのいい挨拶をしてくれたら、お客さん側も気持ちがいいかもしれませんね。

マメさん:

働くスタッフに“いい人”が多いと、お客さんも“いい人”が集まるような気もしていて。逆にそんな空間は、“わるい人”にとっては居心地が悪いと思う。LAMPには、「人生を明るくする」という理念があるんですけど、ここに来ることで、生きててよかったと思えたり、優しくなれる瞬間をつくれたりできたらいいなと考えています。

ーーお客さんも“いい人”になれる場所なんですね。ただ、“いい人”に来てもらうには、マーケティングやブランディングなどの努力も必要なのではないかと思ったのですが。

マメさん:

うーん……マーケティングのように、明確にターゲットを絞って施策を展開するようなことはあまり意識していないですね。そうすると、定めたターゲット以外のことを見ようとしなくなる気がして、少し抵抗感があるんです。僕の価値観として、特定の人しか楽しめない選民思想的な考えが好きではなくて。

ーーあらゆる人を相手にする。

マメさん:

そもそも「わかる人にわかればいい」「感度が高い人だけに認められればいい」というスタンスでは、本当に質の高い体験って提供できないと思うんです。

美術品が好きだった僕の父は、巷の何でもない焼き物から骨董品までありとあらゆる作品に触れていました。「一部の人しか楽しめないものは芸術じゃない」「選り好みをせずにピンからキリまで触れろ。良いも悪いも全部咀嚼しろ」という父の言葉は、強く僕の価値観に刻まれています。ある限定的な人だけを対象にしてしまうと、必ず見落としてしまうことが出てくる。それを無視したまま進みたくないんです。そうなると、審美眼も磨かれないし、本当にいいものを選び取れなくなると思うから。だから、マジョリティの方を向いて、マジョリティに認められる施設であることも大切だと考えています。実際にLAMPには、ローカルを愛する旅人はもちろん、東京で十数億円を稼いでいる起業家も訪れています。

ーー都会での成功者も訪れているんですね。

マメさん:

これは極端な例なんですが、たとえば「成功」をテーマにした2枚の絵画があるとします。1枚は高層ビル群の中で、ハイブランドの服を纏って、高級車に乗って、シャンパンを空けている絵。もう1枚は、湖畔でハットを被りながら、ゆったりまどろんでいる絵。どちらも人生の「成功」を収めた姿なのかもしれない。だけど、前者のような「成功」を追い求める人にも「そういう生き方もあるんだな」と、もうひとつの世界線に触れられる存在であれたらと思っています。

都会ではないからこそ、いいバッターボックスを与えたい

ーー先ほどスタッフは“いい人”を採用するという話がありました。そういった“いい人”が働き続けたいと思える環境をつくるためには、どのようなことを意識していますか?

マメさん:

ここは自問自答を繰り返しているところですね。というのも、都会の方が、市場が大きくて競争も激しいから、能力を上げるには最高の環境が整っている。その事実は否めません。ただ、信濃町のようなローカルでも若者が成長できる場を用意できたら最高だとも思っています。

ーー若者の成長機会をどのように提供しようとしているんでしょう?

マメさん:

とにかくバッターボックスをつくってあげること。だから、忙しくしないといけないんです。とはいえ、都会の方がバッターボックスに立つ機会は多いだろうから、成長機会を奪ってしまっていないか、常に葛藤の中にいます。

ーーなるほど……。ちなみに、バッターボックスを与える際には、どのようなことを考えていますか?

マメさん:

たしかにバッターボックスの立たせ方には、組織ごとにいろいろなかたちがあると思います。野球に例えて言うなら、組織のトップ=監督が、一球ごとに細かいサインを出して、メンバーが徹底的に遂行していく勝ち方もあるでしょう。一方で、選手個々人の主体性に任せて、伸び伸びとプレーさせる勝ち方もあります。前者は前者で、現場のメンバーは窮屈かもしれない。後者は後者で、能力の優劣が顕著になる。それぞれの良いところや悪いところも理解した上で、僕は後者を目指したい。それぞれの社員が、自分で考えて、実行に移して、活躍できる組織になったらいいなと思うんです。

▲LAMP野尻湖の名物「The Sauna」も当時スタッフ(現LAMP野尻湖支配人)の野田クラクションベベーさん(写真右)の発案で誕生。

ーーたしかにそういった主体性を発揮できる機会があれば、都会のような環境でなくとも成長の機会を得られそうな気がします。

マメさん:

ただ、先ほどの話のように、「選り好みせずにピンからキリまで触れる」「良いも悪いも咀嚼する」という意味でも、一度都会に出る経験はあってもいいとは思います。その経験があった上で、「都会に固執しなくていい」と考えるのであれば、それに越したことはありませんから。

いびつさを排除するのではなく許容する。いち個人としてワクワクするものを

ーー先ほどLAMPの理念をお聞きしたんですけど、「人生を明るくする」ために、他の方法ではなく観光や旅だからこそできることとして、どのようなことがあると考えていますか?

マメさん:

正直、旅をしなくても人は生きていけます。でも、そんな「なくてもいい」ものだからこそ価値がある。便利で実用的な「なければならない」ものは、普及させるためにどんどん手軽に、安くなっていきます。たとえば、家電製品が手が付けられないほど高価だったら困るはず。「なければならない」ものに、人は高い価値を見出しにくいとも言えるでしょう。便利かどうか、実用性があるかどうかといったものさしから離れたところに、人生を豊かにする鍵がある。それが、旅なんだと思います。

ーー「なくてもいい」存在だからこそ、人生を豊かにできる力がある。

マメさん:

はい。そもそも、旅って“バグ”の連続。予期せぬことや散々な目に遭うことばかりじゃないですか。でも、それこそが旅の醍醐味。“バグ”を一切排除して、予定調和で整えられた人生って、あまりおもしろくない。そういった刺激を得られる体験が旅なんだと思います。

ーーそうした“バグ”の要素を、施設運営の中でも取り入れようとしている?

マメさん:

それは意識していますね。お客さんが楽しめる場をつくるには、“バグ”を取り除くのではなく、許容する意識が大切だと思うんですよね。たとえば、みんなが平等に楽しめるように、五角形のレーダーチャートをつくって、点数をつける、みたいな考え方は、ちょっと違和感があって。いびつなところを是正した平均的なものって、「本当に自分たちが心の底からかっこいいと思ってつくっているのかな。自分たちがお客さん側に立ったときに欲するものなのかな」と思ってしまうんですよね。

ーーレーダーチャートのかたちがいびつだったり、点数化できないことがあったりしても、自分たち自身が「かっこいい・ワクワクする」と感じられるかどうかが大切だと。

マメさん:

そう。だから、LAMPでは、何をするにしても、まずは自分たちが楽しいかどうか。そして、お客さんも楽しんでくれそうかどうか。この考えをかなり大切な基準にしています。ここで大事なのは、双方ともに楽しめるものを取捨選択できる力や審美眼は、自分たち自身が旅をすることで磨かれる側面があるということ。いちお客さんの立場になって、楽しいと感じられるかどうか、食べたいと感じられるかどうか、泊まりたいと感じられるかどうか……そういった視点で物事を体験し、事業に反映していく必要があると考えています。

ーーありがとうございました。最後に、今後LAMPをどのような場にしていきたいですか?

マメさん:

もちろん事業を運営する上で、成長はしないといけない。融資を受けるためにも5年後の中期経営計画も立てています。でも、実際には成長って、計画ありきではなく、意味ありきで結果的に生まれるものだと思うんです。「インバウンドで、これだけ外国人観光客が訪れるから、これだけの売上が見込める」といった論理は、僕はあまり共感できなくて。たとえ、ものすごいビジネスマンが「僕を雇えば10億円の売上数字をつくれます!」とアピールしてきたとしても、「数字」じゃなくて、その結果、地域がどうなるのかという「意味」の話をしてほしいと思ってしまう。

だから、僕たちはビジネスの論理だけで「イケイケどんどんで右肩上がりに成長したい!」とは全く考えていません。あくまでLAMPの共通言語は道徳。隣のおじさんに挨拶できるか、ゴミが落ちていたら拾えるかといった、根っこの部分で共感できる人が集まっていたらいい。その大きな方向性さえ間違っていなければ、大概のことはなんとかなる。そう確信しています。

Words
Takumi Kobayashi
1990年長野県松本市生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、株式会社リクルートジョブズにてバックオフィス業務に従事。その後、クリエイティブ業界に転身し、広告制作会社やコピーライター事務所を経て2021年に独立。「きいて・整理して・言葉にする」スタンスで、経営・広報活動のお手伝いをします。長野県立松本深志高校卒業。
Edit / Photograph
Takumi Inoue
飲食店やITスタートアップの立ち上げ/経営を経て、「株式会社MIKKE」を創業。クリエイター向けの無料のコワーキングスペース「ChatBase」、ウェブマガジン「KOMOREBI」、HOTDOGSHOP「SPELL’s」、全国の高校生300人を集めたオンラインプログラム「project:ZENKAI」など数多くの事業/プロジェクトをプロデュース。90年続く老舗銭湯「小杉湯」や廃ビルを再生した「元映画館」などのブランディング。長野県では、DX人材育成事業「シシコツコツ」の立ち上げ/運営など。現在は長野県小諸市にて、『文化の台所』準備中。